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【月詠みの母のコラム】「私さえ我慢すれば」と、いつも自分を後回しにするあなたへ

あなたが満たされて、はじめて周りにも分けられるのですよ

コラム連載
月詠みの母包容・安心夜そっと灯りをともすように、お金の不安をやわらげる母のような語り手。主な発信:Instagram・LINE ・ プロフィールを見る →

こんばんは。月詠みの母です。今日も、おつかれさまでした。……あなたは、いつも、だれかのために動いてきた人なのですね。家族のほしいものは、こころよく買ってあげるのに、自分のものとなると、「私は、べつにいいわ」と手を引っこめる。人が困っていたら、自分の予定をあとまわしにしてでも、駆けつける。だれかがよろこぶ顔を見ると、うれしい。それが、あなたの、いつわりのないやさしさなのでしょう。でも、ね。あなたは今夜、疲れて、少し、さみしくなってはいませんか。「私さえ我慢すれば、丸くおさまる」――その口ぐせで、あなたは、いったい、どれだけの「私のほしい」を、そっと、なかったことにしてきたのでしょうね。今夜、母はあなたに、そのことを、いっしょに見つめてあげたいのです。

この記事のポイント・「私さえ我慢すれば」と、いつも自分を後回しにしてしまうあなたへの手紙です
・その自己犠牲は、あなたがわがままだからではなく、人を大切にしすぎている証――まず、それを認めます
・からっぽの器からは、なにも注げません。あなたが満たされて、はじめて周りにも分けられる――そのことを、今夜そっと見つめます
・本コラムは娯楽・言い伝え・心の傾向を扱う読みものです。ご家庭のお金の配分などの具体的なご判断は、ご自身の状況に合わせてお決めくださいね

月詠みの母包容・安心

だいじょうぶ。まず、ゆっくり肩の力を抜きましょうね。今夜は、あなたに「もっとわがままになりなさい」と説教するつもりは、ありません。母はただ、いつも人のためにばかり動いてきた、あなた自身のことを、いっしょに、そっと見つめてあげたいのです。あなたも、大切にされていい人ですよ。それだけで、いいのですよ。

「私さえ我慢すれば」――その口ぐせに、気づいていますか

「私さえ我慢すれば」。「私は、あとでいい」。「私のことは、気にしないで」。――あなたは、一日のうちに、何度、この言葉を、口にしたり、心のなかでつぶやいたりしているでしょうね。家族が、なにかほしがっているとき。だれかと、意見がぶつかりそうなとき。お金の使いみちを、決めるとき。あなたは、いつも、するりと、自分をいちばん後ろに置く。まるで、それが、いちばん自然なことであるかのように。

まわりの人は、あなたのことを、「よくできた、やさしい人」だと言うでしょう。実際、あなたは、そうなのです。でも、その「私さえ我慢すれば」という言葉が、口ぐせになってしまっているとしたら――母は、少しだけ、あなたのことが、心配なのですよ。だって、その言葉を口にするたびに、あなたは、「私の望みは、いちばん後回しにしていいもの」だと、自分に、くり返し言い聞かせていることになるのですから。やさしさのつもりが、いつのまにか、自分を粗末にあつかう習慣に、なってはいませんか。今夜は、まず、そのことに、そっと気づいてあげましょうね。

あなたの後回しは、いつから、当たり前になったのでしょう

あなたは、生まれつき、自分を後回しにする人だったわけではないでしょう。子どものころは、きっと、「これがほしい」「これがしたい」と、自分の望みを、まっすぐに口にできたはずです。それが、いつからか、自分の望みより先に、まわりの顔色を見るようになった。「私がわがままを言ったら、みんなが困る」「私が我慢すれば、平和にすむ」と。――それは、あなたが、どこかで一度、こう学んでしまったからかもしれませんね。「自分を出さない子が、いい子なんだ」「人のために尽くす人が、愛されるんだ」と。

あるいは、あなたが我慢することで、実際に、まわりが丸くおさまってきた経験を、たくさん重ねてきたのかもしれません。あなたのやさしい犠牲のおかげで、家族が笑い、その場が和んだ。だから、あなたは、「私が引けば、うまくいく」と、けんめいに学んできた。――つまり、あなたの自己犠牲は、あなたが悪いのではないのです。それは、あなたが、まわりを愛し、大切にしようとしてきた、長い歳月の証なのですよ。だからこそ、今、少しだけ立ちどまって、その、けなげな癖に、やさしく気づいてあげてほしいのです。

自己犠牲は、やさしさの顔をした、静かな消耗です

ここで、母がいちばん心配していることを、そっとお伝えしますね。自分を後回しにすること、人のために尽くすことは、たしかに、うつくしいやさしさです。けれど、それが「いつも」になって、来る日も来る日も、自分の望みだけを、削りつづけていると――やがて、あなたの心は、気づかないうちに、静かに、消耗していくのですよ。

自己犠牲というものは、こわいところがあってね。それが「やさしさ」の顔をしているものだから、消耗していることに、まわりも、あなた自身も、なかなか気づけないのです。「私は、人のために頑張れている、いい人だ」――そう思っているあいだにも、心のなかには、少しずつ、疲れと、そして、ほんのりとした、さみしさが、たまっていく。ときには、「こんなに尽くしているのに、だれも分かってくれない」という、小さな不満が、ふと顔を出すこともあるでしょう。それは、あなたが意地悪だからではありません。からっぽになりかけた器が、「もう、限界だよ」と、あなたに送っている、大切なサインなのですよ。そのサインを、どうか、見のがさないでくださいね。

あなたにも、覚えがあるのではないでしょうか。自分ばかりが我慢して、だれも気づいてくれないとき、ふと、涙がこぼれそうになる。「私は、いったい、なんのために、こんなに頑張っているんだろう」と、夜、ひとりで、さみしくなる。――そのさみしさは、わがままな心が生んだものでは、ありません。それは、ずっと後回しにされてきた、あなたのなかの、小さなあなたが、「ねえ、私のことも、見てほしいの」と、そっと泣いている声なのですよ。その声を、どうか、聞いてあげてください。まわりの人の声には、あんなに耳をかたむけられるあなたなのですから。いちばん近くにいる、自分自身の声にも、少しだけ、耳をかたむけてあげましょうね。

あなたは、わがままなのではありません。人を大切にしすぎているのです

どうか、勘ちがいしないでくださいね。ここまで読んで、「じゃあ、もっと自分勝手になれ、ということ」と思ったなら、それは、ちがいます。あなたは、わがままなのではありません。むしろ、その反対で、人を大切にする気持ちが、強すぎるくらい、強い人なのです。自分のことより、まわりの幸せを、先に考えられる。それは、だれにでもできることでは、ありません。りっぱな、うつくしい心です。

ただね、あなたは、その「人を大切にする力」を、自分にだけ、使ってあげることを、忘れているのですよ。まわりの人のことは、あんなに大切にできるのに、いざ自分のこととなると、「私なんて、いいわ」と、雑にあつかってしまう。――母は、それが、もったいなくて、しかたがないのです。あなたが、まわりに向けている、そのやさしいまなざしを、ほんの少しだけ、自分自身にも、向けてあげてほしい。「私も、大切にされていい人だ」と。人を大切にできるあなたには、自分を大切にする資格も、ちゃんと、あるのですよ。

からっぽの器からは、なにも注げないのですよ

母が、あなたに、いちばん伝えたいことは、これなのですよ。からっぽの器からは、なにも注ぐことは、できません。あなたは、まわりの人に、たくさんのものを分けあたえてきました。時間も、お金も、気づかいも、やさしさも。それは、あなたの器に、なみなみと満ちたものを、注いできたからできたことです。でも、自分を後回しにして、自分の器を、いっこうに満たさずにいたら――やがて、器はからっぽになって、分けたくても、分けられなくなってしまうのですよ。

だから、あなたが、自分を満たすことは、けっして、わがままでも、自分勝手でも、ないのです。それは、これからも、まわりの人を、大切にしつづけるための、大切な準備なのですよ。あなたが満たされて、心にゆとりが生まれて、はじめて、あなたのやさしさは、無理のない、あたたかいものになる。反対に、からっぽのまま、無理をして人に尽くすと、そのやさしさには、いつのまにか、「こんなに我慢しているのに」という、ほんのりとした重さが、まじってしまう。あなた自身を満たすことは、めぐりめぐって、あなたの大切な人たちを、いちばん幸せにすることなのですよ。まず、あなたの器から、そっと、満たしていきましょうね。

「私も、大切にされていい」を、自分に許す

あなたには、なかなか、むずかしいことかもしれませんね。「私も、大切にされていい」。「私の望みも、かなえていい」。――そう思うだけで、なんだか、悪いことをしているような、罪悪感がわいてくる。長いあいだ、自分を後回しにしてきた人ほど、この「自分を大切にする」ということに、ふしぎな、ためらいを感じるものです。でも、思い出してください。あなたが、まわりの人に、「あなたは、大切な人だよ」と伝えたとき、その人は、悪いことをした顔を、していましたか。していませんよね。うれしそうな顔を、していたはずです。

それと、まったく同じことを、今度は、あなた自身にも、してあげてほしいのです。「あなたも、大切な人だよ」と、あなた自身に、言ってあげる。自分の「ほしい」や「したい」を、まず、なかったことにせず、「ああ、私は今、これがほしいんだな」と、そっと認めてあげる。かなえるかどうかは、そのあとで、ゆっくり決めればいいのです。大切なのは、自分の望みを、はじめから「後回しでいいもの」と、切り捨てないこと。あなたも、あなたの人生の、大切な登場人物のひとりなのですから。どうか、いちばん後ろの席から、ときどきは、前のほうへ、そっと、自分を連れてきてあげてくださいね。

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今夜の小さな一歩――今日ひとつだけ、自分を先に置く

それでは、今夜、母とひとつだけ、してみましょうか。むずかしいことは、なにもいりません。まず、最近あなたが、「私さえ我慢すれば」と、そっと呑みこんだ望みを、ひとつ、思い出してみてください。ほんとうは、行きたかった場所。ほんとうは、ほしかったもの。ほんとうは、休みたかった時間。――思い出せましたか。

その、あきらめた望みに、心のなかで、こう言ってあげてください。「あのとき、我慢したね。えらかったね。でも、あなたの望みも、ちゃんと大切だよ」と。そして、近いうちに、その、ひとつだけを、今度は、いちばんに、自分のためにかなえてあげる、と決めてみましょう。ぜんぶではありません。ひとつだけ、です。ほんの小さなことでいいのですよ。自分のためだけに、あたたかいお茶をいれる。だれのためでもなく、自分が読みたい本を、一冊買う。誰にも遠慮せず、三十分、ただ、ぼんやり過ごす。――たった一度、自分を先に置いてあげるだけで、心のなかの、ずっと後回しにされてきたところが、ふっと、あたたかくゆるむのが分かるはずです。それは、わがままではありません。あなたの器を、そっと満たしていく、大切な練習なのですよ。

お金も幸せも、自分を大切にする人のところに、巡るといいます

むかしから、良い巡りは「自分を粗末にする人からは去り、自分を大切にする人のもとに帰る」といわれてきました。もちろん、これは言い伝えの範囲のお話です。それでも母は、この言葉のなかに、暮らしの確かな知恵がこもっていると感じています。というのもね、いつも自分を後回しにして、心がからっぽになっている人は、お金に対しても、「自分のために使ってはいけない」と、こわばった気持ちを持ちやすいのですよ。こわばって、さみしくなった心には、良いものも、のびのびとは巡ってきません。

反対に、自分をちゃんと満たして、心にゆとりのある人は、お金とも、やわらかい関係を結べます。「私は、自分の毎日を、少し幸せにしてもいい」――そう思えたとき、あなたの心は、ふっとあたたまる。そのあたたまった心にこそ、良いご縁や、思いがけない巡りは、入ってきやすいのかもしれませんね。だから、朝には、ほんの小さな縁起でも、心にひとつ、灯りをともしてあげてください。金運の社では、生まれ年や誕生日から占う今日の金運を、毎朝そっとお届けしています。今日のあなたに、やさしい後押しがほしい朝には、今日のおみくじを、そっと引いてみるのもいいですよ。

なぜ、あなたはこんなに自分を後回しにするのか、やさしく知る

とはいえ、「頭では分かっていても、また、するりと自分を後回しにしてしまう」という日は、きっとあるでしょう。人には、それぞれ、自分やお金に対して、心が強く反応してしまう“くせ”があるのです。ある人は、「嫌われること」を人一倍こわがり、ある人は、「わがままだと思われること」を極端に恐れ、ある人は、「自分には、望む資格がない」と感じやすい。――くせが違えば、その心をゆるめる方法も、変わってくるのですよ。

金運の社の金運タイプ診断は、あなたが、お金や自分の望みに、どんな気持ちや意味をこめやすいか、その傾向を、やさしく映す鏡のようなものです。自分のくせが分かると、「ああ、だから私は、こんなに自分を後回しにしてしまうのね」と、腑に落ちる瞬間が訪れます。責めるためではなく、いたわるために、自分を知る。「私が卑屈なんじゃなくて、こういう反応をしやすい人なんだ」と分かるだけで、次に「私さえ我慢すれば」と言いそうになったとき、少しだけ、自分にやさしくなれるものです。それも、後回しの癖を、そっとほどく、確かな一歩なのですよ。

明日のあなたへ――結びにかえて

ここまで読んでくれて、ありがとうね。よく、この手紙のところまで、たどり着いてくれました。今夜のあなたに、母から伝えたいことは、たったひとつです。あなたが満たされて、はじめて、まわりにも、あたたかいものを分けられるのですよ。あなたは、わがままなのではありません。ただ、人を大切にする気持ちが、強すぎるくらい、強かっただけ。それに気づけた今夜のあなたは、もう昨日のあなたとは、少しちがいます。

あしたから、いきなり、まわりのことを放りだして、自分だけを優先しなさい、というのではありませんよ。あなたのやさしさは、あなたの宝物ですから、どうか、大切になさってください。ただ、そのやさしいまなざしを、まわりの人だけでなく、ほんの少しだけ、自分自身にも、向けてあげてほしいのです。「私も、大切にされていい」。ときどきは、自分を、いちばん前の席に、連れてきてあげる。あなたの器が満ちていくほど、あなたのやさしさは、無理のない、あたたかいものになっていきます。あせらず、ひとつずつ。自分を大切にしはじめたあなたのもとへ、良い巡りが、静かに帰ってきますように。

このコラムは、これからも折にふれて、いつも人のために頑張るあなたのために、手紙を書きつづけますね。「私さえ我慢すれば」と、そっと自分を呑みこんで、さみしくなった夜には、いつでも、ここへ戻ってきてください。母は、いつでもここで、あなたの器が、少しずつ満ちていくのを、月あかりの下で見守っています。――さあ、どうか今夜は、あたたかくして、ゆっくりおやすみなさいね。また、次の手紙で。

※本コラムは、心の傾向や言い伝えをやさしく綴る読みものです。ご家庭のお金の配分など、暮らしの具体的なご判断については、ご自身やご家族の状況に合わせて、無理のない範囲でお決めくださいね。

※本記事は占い・風水・古くからの言い伝えを、娯楽の範囲でご紹介するものです。記載の内容は効果や結果を保証するものではありません。宝くじ等の当選を保証するものではなく、ゲン担ぎ・縁起としてお楽しみください。暦(吉日)は流派・暦により差が出る場合があるため、実際の日付は最新の暦でご確認ください。健康・体調に関する判断は専門家にご相談ください。一部にプロモーション(PR)を含みます。